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福岡高等裁判所 昭和63年(ラ)163号 決定 1989年2月14日

主文

原決定を取消す。

西部不動産センター有限会社に対する売却は許可しない。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

本件記録によれば、原裁判所は、財団法人公庫住宅融資保証協会の抵当権に基づく不動産競売の申立てにより、昭和六二年九月二五日、抗告人所有の原決定添付物件目録記載の土地、建物(以下これを総称して「本件不動産」という。このうち建物はいわゆるマンションの区分された建物部分であるが、以下これを「本件建物」といい、また建物全体を「本件マンション」ということもある。)について、不動産競売開始決定をし、同月二八日差押登記を経た後、同年一〇月一九日、不動産鑑定士を評価人に選任し(以下「担当評価人」という。)、本件不動産の評価を命じたこと、担当評価人は、本件不動産の評価を行うため、その調査に着手し、まず法務局において登記簿、字図を調査した後、現地調査に赴き、本件マンションの四囲の状況を外観から観察し、さらに本件マンション内の通路、階段等の共用部分を観察したものの、抗告人の不在を理由に、本件建物の内部に立ち入ったり、抗告人に面談して事情を聴取することもなく、またその後も抗告人にそのような機会を求めようとはせず、結局、本件建物の内部を直接見分しなかったこと、担当評価人は、右調査の結果のほか、本件不動産について執行官の作成した現況調査報告書(担当執行官は、本件建物の内部にも立ち入り、抗告人とも面談しているが、右現況調査報告書には、本件建物の内部を撮影した写真等は添付されておらず、また占有の状況については、抗告人が居宅として使用占有している旨が記載されているだけである。)等を資料として評価を行い、本件不動産のうち土地(共有持分)については、近隣地域の標準価格を基準にして修正を加えたうえ、金二六三万四〇〇〇円と、本件建物については、再調達原価を基準にして修正を加えたうえ、金五五七万円とそれぞれ評価し(本件不動産全体としては金八二〇万四〇〇〇円と評価)、昭和六二年一二月一日、その旨の評価書を原裁判所に提出したこと、原裁判所は、昭和六三年一月二〇日、本件不動産を一括売却に付することとし、その最低売却価額を右評価に基づき金八二〇万円と定め、入札期間を同年二月一七日から同月二四日までとする期間入札に付したこと、しかし、右入札期間内に適法な入札がなかったため、原裁判所は、同年四月二八日、本件不動産につき入札又は競り売り以外の方法による売却(いわゆる特別売却)を命じたところ、同年一〇月二八日、西部不動産センター有限会社が右最低売却価額金八二〇万円で買受けの申出をしたこと、ところが、抗告人が同年一一月一〇日本件抗告の理由と同旨の、本件建物につき金五〇〇万円以上を要した改装等をしているにもかかわらず、これを考慮していない評価は妥当ではないから、再評価を求めるなどの旨の意見書を、本件建物の内部の写真等を添付して原裁判所に提出したため、原裁判所は、担当評価人の意見を聴取したうえ、同年一二月一二日、西部不動産センター有限会社に対して前記金八二〇万円で本件不動産の売却を許可する旨の決定(原決定)を言い渡したこと、本件執行抗告は、抗告人が、即日、原決定に対して申し立てたものであること、が認められる。

ところで、民事執行法(以下「法」という。)は、不動産執行、不動産競売(以下「不動産競売等」という。)における売却手続の適正化、なかんずく適正価額による売却の実施をその基本理念の一つとしており、それを実現するため、対象となる不動産の評価の充実、適正化を図るのに不可欠な様々な手立てを講じている。まず、法は、不動産評価を担当する者として、特に評価人の制度を設け、執行裁判所が不動産の最低売却価額を定めるにあたっては、必ず評価人を選任して不動産の評価を命じなければならない(法五八条一項、一八八条)とし、実務上、評価人は不動産の評価に関する豊富な知識と経験を有する者の中から選任されるよう運用されているところである。また、評価人による適正な評価を得るためには、その前提となる諸要因について充実した調査を行って、的確な評価資料を収集することが不可欠であるが、法は、右目的を実現するために、必要な調査権を評価人に与え、評価人がその調査を行うに際し、不動産に立ち入ったり、不動産の所有者、占有者らに対し質問をし、文書の提示を求めたりすることができる(法五八条三項、五七条二項、一八八条)こととするとともに、その職務の執行に際し抵抗を受けるときは、その抵抗を排除するため、執行裁判所の許可を得たうえ、執行官の援助を求めて、威力を用いたり、警察上の援助を求めることもできる(法五八条二項、六条、一八八条)としている。右のうち不動産への立入り、所有者らへの質問、文書提示要求権は、単に評価人に右のような権限が与えられたというにとどまらず、むしろ評価人による調査にあたっては、不動産に立ち入り、必要があれば所有者らに対し質問をし、文書の提示を求めたりすることによって、対象不動産を実地に見分し、その権利、事実関係の現況について充実した調査を行うことが評価人の基本的な職務であるという前提に立って、右職務が円滑に遂行できるように与えられたものと解されるのであって、この意味で、右の範囲の調査は、評価人にとっては、調査にあたっての基本的な義務であるということもできるのである。評価人は、右の調査により収集された資料に基づいて評価を行うこととなるが、適正な評価を客観的に担保するため、評価にあたっては、単に評価額のみならず、評価の参考とした事項、評価額の算出の過程等を明らかにし、これらを記載した評価書を執行裁判所に提出しなければならない(民事執行規則(以下「規則」という。)三〇条、一七三条一項)こととされているほか、執行裁判所は、不動産の売却の実施にあたって、物件明細書の写し等とともに評価書の写しをも一般の閲覧に供する(規則三一条二項、一七三条一項)こととしている。さらに、右のように評価人による充実した調査を経て得られた適正な評価は、執行裁判所が最低売却価額を定めるための基本となるものであって、法も執行裁判所は評価人の右評価に基づいて最低売却価額を定めなければならない(法六〇条一項、一八八条)としている。

法、規則の右趣旨からすれば、評価人が不動産の評価を行うにあたって、まず肝要とされるのは、その評価の参考となる諸要因について充実した調査を行って的確な資料を収集することであって、これによりはじめて適正な評価額を算出できるものというべきである。評価人の行うべき調査の方法、範囲は、不動産の種類、状況によって様々であることはもちろんであって、評価人の知識と経験を活用し、必要な工夫をすることによって評価に必要な不動産の権利、事実関係の現況に関する諸要因を的確に把握することが、評価人に期待されるところであり、また評価人としてのいわば腕の見せどころでもあるといってもよいが、いかなる不動産もそれぞれ個別的な特性を多々備えていることに鑑みれば、評価人にとっては、少なくとも、特段の事情がない限り、不動産の所在場所に臨み、不動産に立ち入って現況をつぶさに見分するとともに、必要があれば所有者、占有者らに対し質問をし、文書の提示を求めるなどの現地調査を行うことが、調査にあたっての不可欠な要請、職務上の義務であるというべきである。

このような見地から本件についてみるに、担当評価人は、前認定のように、本件不動産の調査にあたって、本件建物を外観から観察したにすぎないものであって、その内部の状況を直接に見分せず、本件不動産の所有者である抗告人の協力を得ることが困難な状況にあるともいえないにもかかわらず、本件建物の内部に立ち入ることも、また抗告人に面談することもなかったばかりか、その努力を尽くしたこともないまま、本件不動産の評価を行うに至ったものであることが明らかである。担当評価人の右のような調査は、前記の不動産競売等の手続における評価の果たすべき役割、重要性、評価人に課せられた職責に照らすと、抗告人主張の改装等の有無、程度、これによる本件建物の価値の増加の有無、程度を論ずるまでもなく、法によって要請される評価の基本手続を著しく懈怠したものであるというほかはない。なお、この点について、本件不動産がいわゆるマンションであって、評価にあたり建物の内部に立ち入ることなどを要しないというが如きは、評価人の果たすべき前記の職責を忘れたものというのほかはなく、採用の限りではない。

そうすると、本件不動産の調査は、その基本手続を著しく懈怠してなされたものであり、右調査を参考にしてなされた本件不動産の評価は、その当否を論ずるまでもなく、重大な誤りがあったというべきであり、右評価に基づいてなされた最低売却価額の決定も重大な誤りがあった(法一八八条、七一条六号)というべき筋合いである。したがって、右最低売却価額に従ってなされた西部不動産センターに対する本件不動産の売却は、許可すべきでないものといわざるを得ず、これと異なる原決定は、その余の点について判断するまでもなく、取消を免れない。

三よって、本件抗告は理由があるから、原決定を取消し、西部不動産センター有限会社に対する本件売却を許可しないこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官松田延雄 裁判官湯地紘一郎 裁判官升田純)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取り消し、西部不動産センター有限会社に対する売却を不許可にする。との裁判を求める。

抗告の理由

1 本件執行抗告の理由の概要

民事執行法第七四条第二項は、売却許可決定に対する執行抗告は、「同法第七一条各号に掲げる事由があること又は売却許可決定の手続に重大な誤りがあることを理由としなければならない」と規定しているものであるところ、抗告人の本件執行抗告は、民事執行第七一条第六号に掲げる事由があること、即ち「最低売却価格の決定に重大な誤りがある」ことを理由とするものである。

2 最低売却価格が決定される経緯

(1) 福岡地方裁判所小倉支部は、昭和六三年一月二八日に本件競売を次のとおりにて期間入札を行う旨をものとし、その際に本件競売の目的不動産の最低売却価格は合計金八、二〇〇、〇〇〇円とするものとした。

入札期間  昭和六三年二月一七日から二月二四日まで

開札期日 昭和六三年三月二日午前一〇時

売却決定期日 昭和六三年三月九日午前一〇時

而して、前記のとおりの本件競売の目的不動産の最低売却価格は、前記のとおりの決定の直前に裁判所に提出された昭和六二年一二月一日付の評価人白石隆司作成の「評価書」における評価額である金八、二〇四、〇〇〇円を基礎として決定されている。

(2) 前記「評価書」によれば、本件競売の目的不動産の評価額が金八、二〇四、〇〇〇円である理由は次に記載のとおりの敷地価格と建物の積算価格を合計した金額であるとされている(同「評価書」の「評価額の決定」)。

① 敷地価格  金二、六三四、〇〇〇円

② 建物の積算価格  金五、五七〇、〇〇〇円

以上合計金八、二〇四、〇〇〇円

(3) 然るに、前記「評価書」が本件建物の価格を金五、五七〇、〇〇〇円とする評価は次のとおりの理由で誤ったものである。

即ち、同評価は、建物の再調達価格に減価修正を行うことによって求められたものであるが、同評価がその出発点とする本件建物の再調達価格は、本件建物が存在するマンションの一般的な規格から同種の建物を建築するとした場合にその再調達に要する価格(同種規模の建物についての一般的再調達価格)を求めているに過ぎず、本件建物についての具体的価格についての評価を行っているものではない。

換言すれば、「特別売却決定に対する意見書」(疎乙第一号証)記載のとおり、抗告人は、昭和五九年夏に本件建物のダイニング・キッチン部分に、天袋等の建具、食器棚・カウンター等の什器の設置とこれに伴うタイル貼、塗装を伴う改築工事を行い、その関係改築工事のため約金五、〇〇〇、〇〇〇円の出捐を行っているのであるが、前記「評価書」は、かかる改築工事の存在、従って、本件建物の価格の増加の事情を考慮せずに単純に同種規模の建物についての一般的再調達価格を求めているのである。

その結果、改築工事が昭和五九年夏に行われていること、従って、本件売却許可に至るまでに四年が経過していること、その結果改築工事分についての評価減が行われるべきであるとしても、改築工事額が前記のとおり約金五、〇〇〇、〇〇〇円に及んでおり当該出捐額が本件建物の価格にしめる割合は決して少ない事情を考慮すると、前記「評価書」の評価額は、過少に過ぎるものであり、同評価を前提して決定された本件競売の目的不動産の最低売却価格は過少に過ぎると言わざるをえない。

(4) 前記「評価書」が改装工事の存在とこれに伴う本件建物価格の増加を考慮しなかった原因は、評価人が、本件建物が存在するマンションをその外観から評価しただけであって、その外観からの評価と昭和六二年一一月一六日付の執行官の現況調査報告書に記載された報告内容のみ依拠し、本件建物の内部へ立ち入って検分を行うとか、あるいは抗告人に対して事情聴取を行う等の本件建物に対する個別的な現地調査を怠ったことにある。評価人が本件建物の内部に立ち入ったこととか、抗告人に事情聴取を行ったことはなく、もし、かかる努力を講じていたとすれば、改築に伴う価格増加の事実は容易に発見することができたはずである。

3 本件執行抗告の理由についての結論

前記のとおり、最低売却価格が、本件不動産の評価を金八、二〇四、〇〇〇円を前提として決定されたものであって過少に過ぎるものであり、かつ、最低売却価格の過少さは、単なる評価の問題ではなく、「斟酌すべき事情を斟酌」(鈴木忠一・三ヶ月章著「注解民事執行法(3)」第一法規六三頁)しなかったものであって、「その額を不当とする合理的な根拠があって、評価ないし最低売却価格の決定が違法と評される程度のもの」(前掲書)である。

他方、最低売却価格の額は、目的不動産に対する競売手続の実行の結果として債権者が配当を受けることとなるその額に影響するものであり、その結果は、債務者が債権者に対して負う債務の額の多寡に影響するものであり、債務者の債権者に対する債務の残額に関するものであるから、本件不動産の所有者であり債務者である抗告人は民事執行法第七四条第一項に定めるとおりの執行抗告の利益を有するものである。

よって、本申立に及ぶものである。

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